




A.1
- (3)ややこ
- 「ややこ」とは大阪ことばで赤ちゃんのこと。


A.2
- (1)蓮如
- 「大坂」という地名は浄土真宗の蓮如(1415~1499)の1498年(明応7年)11月21日付の消息に「摂州東成ノ郡生玉ノ庄園内大坂」とあり、これが文献上の初見とされています。


A.3
- (3)江崎グリコ
-
江崎グリコは大正10年に栄養菓子「グリコ」を製造し江崎商店を設立。昭和10年にはミナミの戎橋横に今や大阪を代表する観光名所となったグリコのネオン塔を建設しました。当時、高さ33メートルの型破りなネオンは人々を驚かせたそうです。


A.4
- (4)セレッソ大阪
- セレッソ大阪が正解。ちなみに「セレッソ」とはスペイン語で桜のこと。大阪市の市花であることや、「さくらさくら」の歌で世界中に知られる日本を代表する花であることから名づけられたそうです。


A.5
- (3)関西大学
- バンクーバー冬季五輪フィギュアスケート・男子シングルで銅メダルを獲得した髙橋大輔選手と、7位だった織田信成選手を輩出したのは関西大学です。


A.6
- (3)三味線
-
「人形浄瑠璃文楽」は、「浄瑠璃」「人形」「三味線」の要素から成り立つ芸能。なお、文楽とはもともと人形劇を上演する劇場名でしたが、いつのまにか芸能そのものを指すようになりました。


A.7
- (1)かぶ(かぶら)
- かぶが正解。大阪市天王寺付近が発祥の伝統品種とされています。江戸時代の俳人、与謝蕪村が「名物や蕪の中の天王寺」と句にも残しています。


A.8
- (2)江戸幕府が管理していた
- 日本橋は江戸幕府が管理する「公儀橋」。大阪の橋の多くは町人が経費を負担して架けた「町橋」でした。


A.9
- (4)宵戎
- 今宮戎神社の十日戎は1月9日~11日にかけて行われますが、9日を宵戎、10日を本戎、11日を残り戎または残り福と呼びます。期間中は約100万人の参詣者で賑わいます。


A.10
- (2)仁徳陵古墳拝所
- 写真は仁徳陵古墳拝所を撮影したものです。仁徳陵古墳は堺市にある百舌鳥古墳群のひとつで、墳丘の大きさでは全長486メートルと、エジプト・ギザのクフ王のピラミッドや中国の秦の始皇帝陵よりも大きく、世界三大墳墓の一つに数えられる世界に誇る文化遺産です。
※第2回大阪検定ではテーマ問題として「メイド・イン・大阪~食の都大阪~」「まち探訪~伝統と歴史のまち・堺~」を出題いたしました。



A.1
- (4)おしぴん
- 「おしぴん」は大阪ことばです。共通語は「画鋲」。


A.2
- (3)
-
緒方洪庵は1838年(天保9年)大阪瓦町に適塾を開きました。のちに過書町(適塾の現在地)に移って、幕末維新期に活躍した多くの門弟を輩出しました。適塾は内部が一般公開されており、建物は国の重要文化財に指定されています。


A.3
- (1)遠藤保仁
- FIFAワールドカップ南アフリカ大会で岡田武史監督が率いた日本代表のうち、ガンバ大阪所属の選手は遠藤保仁選手です。グループリーグのデンマーク戦でフリーキックを決めるなど活躍しました。


A.4
- (2)四代目桂梅団治
- 桂梅団治は三代目桂春団治の弟子であり、桂米朝の門下ではありません。


A.5
- (4)鯨
- コロは鯨の炒り皮、さえずりは鯨の舌のこと。


A.6
- (3)牛や馬をつないで待たせておくため
- かつて、商品や物資の運搬の際には馬や牛が欠かせない輸送手段でした。富田林の町屋には現在も当時使用されていたであろう駒つなぎが現存しています。


A.7
- (2)
-
写真は順に、(1)東横堀川水門付近 (2)口縄坂 (3)大阪城山里丸付近 (4)大阪市中央区北大江公園北側階段


A.8
- (4)なんこうさん
-
楠木正成(1294-1336)は千早赤阪村の水分で生まれたといわれています。地元では「楠公(なんこう)さん」と今でも親しまれています。


A.9
- (1)A:堺市―B:東大阪市―C:枚方市
-
各市の特徴から正答を導きだす問題。Aは面積、人口ともに大阪市に次いで2位であることから堺市。Bは事業所数が特徴的。全国有数の産業集積地域である東大阪市がB。したがってCは選択肢から枚方市であることがわかる。


A.10
- (3)しぎた ― こくまち
-
「しぎた」、「こくまち」が正解。



A.1
- (4)部活で走らされてかったるい
-
「かったるい」は関東から中部地方で用いられるもので大阪・関西での表現はではありません。他の選択肢は全て大阪や関西を中心に話されています。


A.2
- (3)梅田 ⇔ 心斎橋
-
御堂筋線の当初の開通区間は梅田ー心斎橋間でした。その後、1935年(昭和10年)に難波、1938年(昭和13年)に天王寺まで路線を伸ばしました。


A.3
- (4)換気塔 ― 村野藤吾
-
曽根崎警察署西側にある写真の構造物は梅田地下街の換気塔として建造されたもので制作者はそごう百貨店大阪店などを設計した村野藤吾です。


A.4
- (3)大阪府立大学
-
直木賞受賞作家である東野圭吾は大阪市生野区の生まれで、大阪府立大学を卒業しました。東野圭吾がこれまで発表した作品には、大学時代に培ったであろう、様々な専門知識や経験が活かされています。


A.5
- 背割
-
豊臣秀吉による大阪城下の開発に伴い、世界的にも先進的な下水道整備が行われました。整備された下水道を「背割下水」あるいは「太閤下水」と呼びます。大阪市立南大江小学校西側の見学施設で、現在でも実際に使用されている背割下水を地上に設置したのぞき窓から自由に見学できます。


A.6
- 花外楼
-
明治政府の参議・井上馨や伊藤博文のとりなしにより、明治政府の中心人物であった大久保利通、下野していた木戸孝允、板垣退助が大阪に集まり、大審院の設置や立憲体制への方向が合意されたことで知られる大阪会議が開かれました。その会場の一つとなったのは、北浜に現在も店を構える花外楼です。

